「鉄道ジャーナル」「旅と鉄道」には長い間お世話になり、ありがとうございました
「鉄道ジャーナル」誌の最終、2025年6月号が発刊されました。
これを以って一つの区切りとなり、残念な想いとともに、編集部の皆様方の長い間のご労苦、一時期お世話になったことに関し、深く感謝の意を表します。
最終号を感じる記事と感じさせない記事
2025年4月21日発売の最終2025年6月号を、どの記事も感慨深く読ませていただきました。
最終号を感じさせない、また次号に続くかのような平常の書き方の記事も見られました。
とくに鶴通孝副編集長の「お待たせのグリーン車」はまったく平常の書き方です。
記事内容と最終回とは関係ない姿勢を貫く意識を感じさせます。
列車追跡のルポルタージュができなくなり、列車内での乗客姿の写真、駅ホームでも人の顔が判明できる写真等、時代変化、鉄道の分割民営化、鉄道環境変化に対応することでの記事掲載制約の中、ご苦労が多かったこととお察しします。
鍋倉紀子氏の「さよなら、鉄道ジャーナル」では、編集部の方々との過去の触れ合いを思い出しました。
文中に「ミヤちゃん」「イトウさん」「オキさん」「タケシマ社長兼編集長」「コイヌマ課長」「ホウジョウさん」「セモッチ」「ミウラ課長」と、懐かしい編集部の方々のお名前が登場してきます。
上記の方のほかにも3人、文面に倣って、馴れ馴れしくも親しみを含めて書かせていただければ、「ツカさん」「マツさん」「マリさん(または「オオさん」)」の3人がいらっしゃいました。
数多くのルポルタージュ記事、各種テーマの記事を懐かしくも鮮明に思い出します。
お元気な方々の声も聞きたかったところですが、無い物ねだりは禁物で、鍋倉氏の寄稿に感謝します。
「コイヌマ課長」肥沼勇氏の「あの日、この一枚」は、冒頭で「本シリーズの最終回は」とだけ触れていました。
鶴通孝氏、肥沼勇氏、そのほか多くの皆様の記事は、今後また別のところで見られるでしょうか。
ぜひ見てみたいものです。
文面でしか存じない方も一部いらっしゃいますが、いっときの時間ながらも、今でも皆様との会話は記憶の中にあります。
編集部内での裏話、編集部の皆様一同の旅行記事は、鉄道記事とともに想い出としてに残っています。
鉄道ジャーナルで学んだこと
自分から言うのもおこがましいですが、拙「平行普通列車」が毎日書き続けられているのも、40年以上前からの「鉄道ジャーナル」読者投稿欄「タブレット」「読者論壇」で多く採り上げていただけたおかげです。
拙ブログの中での各種の意見・提案は、鉄道ジャーナル誌へのタブレットや論壇を投稿するような気持ちで書いています。
タブレット欄で、鉄道への単なる不満、愚痴、批判、苦情に終始せず、建設的に書くことの重要性を学ばせていただきました。
「旅と鉄道」は硬いジャーナル記事を気分転換した、軽やかな内容ですが、それなりの鉄道に対する深み、旅との絡み合わせは「鉄道ジャーナル」との表裏一体を感じさせます。
拙ブログで列車移動ガイドが書けるのも「旅と鉄道」のおかげです。
新聞広告で最終号と表記しない、さりげないこだわり
6月22日付けの新聞記事で「鉄道ジャーナル6月号 全国書店にて発売中」の広告が掲載されています。
最終号ながら広告文面にその表記はありません。
記事の紹介の中で「終焉を迎えたE217系」の見出しがありましたが、「終焉を迎えた鉄道ジャーナル」かと、一瞬錯覚してしまいました。
最終号を謳わず、また来月、5月発売の7月号に続いていくかのような、これまでと何ら変わらない広告表現に、鉄道ジャーナルのこだわりを感じます。
6月号は最終ページ、宮原正和編集長の「編集後記」で一段落となります。
裏表紙「過去最高部数を記録した1999年10月号」の栄光を懐かしみます。
今後、別の形でも編集部皆様の再登場に期待を込めて
今後につきましては、「鉄道ジャーナル」とは別の雑誌やインターネット上などであっても、これまで培われた「鉄道の将来を考える専門情報」を随時、出されていくことを期待します。
鉄道の現況改善、未来発展には、鉄道ジャーナルで培ったエキスは今後とも貴重なものです。
他の出版社による「旅と鉄道」の復刊のような形ででも、「鉄道ジャーナル」の復刊も期待したいところです。
スマホ、ネット時代にあって、どのような形にすれば復刊が販売促進につながるのかは、自分も無い知恵を絞りながら考えてみたいと思っています。
鉄道ジャーナル編集部の皆様方の新たなご活躍を期待しております。
編集部の皆様には長い間、お疲れさまでした。
以下は、「鉄道ジャーナル」誌に触れた拙ブログ記事の一覧です。
併せてご覧いただければ幸いです。

