路線ごとに駅名を覚えることを楽しみ、頭も活性化の話です
スマホ、インターネット時代になってから、「覚える」という行為が少なくなりました。
本の購入が減り、とくに辞書を見ることはしなくなりました。
紙に書くことから、スマホ画面への入力に変わりました。
漢字も忘れやすくなりました。
道順を覚えなくてもGPSがあり、物を考えなくてもAIがあります。
一度、楽なことを体感すると、元に戻ることは難しくなります。
自分の住所、固定電話番号、スマホ電話番号、メールアドレス、職場の住所と電話番号などを申請書類に記入の際は、スラスラとは書けず、スマホのメモを見ながら書く光景も日常的になりました。
頭の中に電話番号などの情報を記憶しなくても、スマホを見ればわかるから覚える必要はないという考え方が働きます。
わからなかったらスマホメモという考え方が、住所や電話番号に限らず、様々な分野に波及、拡大していきました。
職場の人、近所の人、知人・友人など、顔は覚えていても名前は忘れやすくなりました。
この場合、元々名前を呼ばなくても、覚えなくても「すみません」と呼べば相手はわかるからという考えになってきます。
レストランやカフェでは相手と会話せず、互いにスマホ画面に熱中し、コミュニケーションが減りました。
仕事でわからないことを聞いても「ネットを見ればわかりますよ」というだけで、即座に答えを教えてくれることが減ってきました。
スマホメモの前に頭で覚えるという発想の重要性
しかしながら筆者は、記憶しなくてもスマホを見ればわかるから覚える必要はないとは思えません。
頭と体は使っていないとともに確実に衰えます。
常にスマホが脇にないと何もできなくなってきます。
人の名前を覚えることは実用的にも重要であり、会話中に相手の名前を時々挟むことは、相手との距離を縮める効果もあります。
人の名前を多く覚えることは、実用とともに頭の活性化にもなります。
自分の周辺の人の名前に限らず、例えば店舗の名称や物品の銘柄等も、実用性として覚えておいて無駄ではありません。
スマホメモの前に、紙に書くことや声に出すことが、記憶の一助になると思っています。
書くことで漢字の記憶も戻ります。
わからないことは人に聞く方が早くて簡単であっても、まず自分で調べてみて、どうしてもわからないところに至ってから人に聞く自助努力が前にあり、その方が忘れずに覚えられます。
地図と時刻表を見る趣味と実用性
筆者は地図を見て都道府県別に市町村の名称や地名に関心があります。
山・川・田・谷・藤・岡・橋・木・林・森・葉・原・崎・村など際限はありませんが、どのような由来だろうかという関心は抱きます。
駅名でも、昔ながらの、漢字だけの質素な名称の方が惹かれます。
かつての紀行作家、宮脇俊三さんも嘆いておられましたが、国鉄時代の話、一例で信越線中軽井沢駅よりは沓掛駅の方が自分も好きでしたが、現実を受けとめるしかありません。
地図から時刻表へ
地図上の地名の後、鉄道路線の駅名に関心が移ります。
首都圏で言えばまず、山手線・京浜東北線・中央線など主要路線の駅名を覚えることは実用的価値があります。
知人で、稚内から枕崎まで全駅、どちらの方向からでも言えるという強者がいました。
無理をして駅名を覚えたのではなく、駅名を順番に把握していくこと自体を楽しんでいるのでした。
自分の駅名連続記憶の範囲状況
筆者の場合、駅名を順番に言えるのはどこまでかといえば、東京近郊の一定区間までであり、その先は頭で順番には言えません。
また、東京からの下り方向は言えますが、逆方向の東京へ向かう駅名は順番にスラスラとは言えません。
これは駅名をリズム的に、詩のように覚えているためです。
常磐線では上野から仙台まてはどうにか言えても、仙台から上野への方向では戸惑ってしまいます。
また、龍ケ崎市・ひたち野うしく・いわきは、佐貫・万博中央・平でのテンポで覚えている状況です。
東海道線は東京から静岡、中央線は甲府、東北線は白河、高崎・上越線は六日町までがスラスラ記憶の限度です。
この場合も逆には言えません。
東京の大手私鉄・地下鉄で全駅言えるのは京成、千代田線・銀座線・丸ノ内線・浅草線程度までなのは情けないと感じます。
カタカナ・ローマ字・意図的なひらがな使用の流行
責任転嫁ではありませんが、カタカナを含んだ現代的な長い駅名が多い路線や新駅はなじみにくく、苦手な分野です。
つくばエクスプレスの駅名等は全部覚える意欲自体が薄れがちです。
山手線の高輪ゲートウェイ駅、常磐線でもJヴィレッジ駅など、連続駅名菊の途中で、どの駅とどの駅の間だったか、忘れてごめんの世界になりがちな傾向があります。
歴史ある地名の漢字を、意図的にひらがなで表記したり、やたらに長くする市町村名、駅名、路線名も違和感があります。
長すぎるローマ字マンション名なども定型です。
ローマ字だけでカタカナを添えず読みにくく、誤読のケースが生じるのも現代の傾向です。
人の名前でも誤読や、聞かないとわからないものが増えました。
鉄道駅の回文、連続駅川柳、キャッチコピーでの自己流楽しみ方
これから連続駅名の記憶力を拡大するには、自分の年齢が邪魔をしますが、それはそれとして、駅名を順に拝見していくことの楽しみは続けたいと思っています。
その意味では、拙ブログの回文や連続駅川柳はしばらく楽しめそうです。
無い頭を絞るにも適当な言葉遊びです。
毎回、この遊びを勝手に楽しむ回文等を読んでくださっていることに、改めて感謝する次第です。
今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
